2016年の目標:毎月のように更新


by dozeutea

『少年突破バシン』を振り返って。

『バトルスピリッツ 少年突破バシン』について。自分の整理と感想です。結構長め。




既に次番組が始まっていますが、個人的にとても楽しんで観ていた作品だったのでシリーズを振り返っていくらか書きます。
この作品は子供向けを基本としていながら、ちょっと子供を置いてけぼりにしていくところもあって、一癖ある作品でした。暴走気味シリーズ構成、佐藤大さんが放り込んだ変な要素の数々を、手堅くまとめる本郷みつる監督がうまく収めていて、作品として良い方向にまわっていったと思います。下笠美穂さんのキャラクターも、オーソドックスな方向性のデザインながら、何かしらの要素がやたら強調されて個性的になっていてよかったです。
そして、この作品は作画監督ごとの持ち味が強く発揮され、細かい芝居付けやバトル中のダイナミックなポーズなど、作画のテンションが高く維持され、見所も多い作品でした。特に石川てつやさん、湯本佳典さん、菊池晃さん、鈴木幸江さん、西村聡さんの作画監督回は見所が多かったです。この方々の作画監督回だけで合わせて20回もあります。1年間放送するアニメ作品としてはとても豪華な布陣でした。
以下に作画監督ごとに回をまとめておきます。

●石川てつや  1話,7話,13話,21話,28話,36話,44話
●湯本佳典    2話,8話,15話,22話,29話,38話,50話(共同)
●菊池晃     4話,17話,24話,31話,39話,46話,50話(共同) 
●鈴木幸江   12話,19話,26話,35話,43話,49話
●西村聡     32話,41話,48話

中盤以降のローテーションは、
石川てつやさん→湯本佳典さん→菊池晃さん→西村聡さん→小田武士さん→鈴木幸江さん、という順番が基本でした。それで高橋晃さんのスタジオダブ回がやや早いペースで加わる形でした。
作画的には20話くらいから充実してきた感じがします。
それから、小田武士さんや高橋晃さんの作画監督回も安定していました。

さらにその中で、作画的な面白さという点では38話、物量・インパクトという点では49話を推したいと思います。勿論最終話(50話)も最終話らしいボリュームがありました。
38話は湯本さんの作画監督回で、デフォルメのきいた小気味よい芝居、安定したレイアウト、軽快なバトルなど、「巧い」というのをわかりやすく感じさせてくれた回でした。マイサンシャインの目が凄いことになるのも面白いです。
49話は鈴木さんの作画監督回で、Aパートからバトルが続き、クライマックスがずっと持続する物量戦でした。そしてこの回で初めてCGパートに作画が加えられて大迫力のエフェクトが炸裂します。リミッターが外れたようにこれでもかこれでもかと動くので大満足の回でした。

現在アニマックスで再放送中で、これからも繰り返し放送されると思います。未見で興味を持った方は是非観てみて下さい。

やっぱりこのEDを貼らずにはいられない。




そしてその他の感想。お話の部分も含めて。結末に関することも触れているので、これから観ようという方はご注意ください。
49話。イセカイ界と現実世界が繋がってしまう、というのを、それまでCG=イセカイ界、作画=現実世界と壁を無くしす、CGパートに作画を混ぜることで視覚的に見せてしまうというのはとても印象的でした。そのカット自体の迫力も強烈で、シリーズのクライマックスのテンションだったのではないでしょうか。それだけに、49話の最後でイセカイ界との繋がりが解けてしまうために、最終回では見られなくなってしまったのが残念です。
キ石を賭けた戦いということで最終回50話もお話としての訴求力はあるのですが、映像の持つ訴求力、画面力(がめんちから)という点では49話が圧倒していると思います。尋常でない事態の渦中にあることがいつものバトルパートの変化で強烈に印象付けられます。長く続けていれば続けているほど、それを外した時のインパクトは大きいです。


●ナンバーズについて
ナンバーズエリートと呼ばれる者たちは劇中で「ナゾオトナ」という名でも呼ばれる存在で、普段の名前とは別の名前、別の顔としてナンバーズがある。つまりナンバーズ=「オトナ」ということ。普段とは別の顔を持っているのが「オトナ」だ、ということかな。
そう見ると面白いのがスマイルとセブン先輩。スマイルもセブンも自分の都合だけでなく、組織集団の都合でも行動するという複数の顔を持つ「オトナ」である、ということになる。組織の都合ってものに縛られるのが「オトナ」ということか。
この作品が持つ「オトナ」像がこういうものだとすれば、Jは「オトナ」の都合のある世界に一度は足を踏み入れるわけだけれど、そこから帰ってくる。これはモラトリアムと見たらよいのか、「オトナ」な大人にはなりたくないよ、ということなのか。
バシンの父、トーハが結局、永遠のモラトリアム男(「オトナ」以前に大人になりたくない)なのか、「オトナ」でない大人なのかがよくわからない。「大人」として描かれている場面も特に見当たらないし、何より子供を「相棒」と呼ぶわけで、自分にはモラトリアム男に見えるのだけれど。
そして、サウスピ団という組織も解体してしまう。つまり、しがらみを持つことは結局否定される。サウスピ団員として活動していないナゾオトナ達が社会から隔絶した生活を送っていることはそれの象徴だったと思います。導き手のママさんも「一人」であったわけで。
この作品としては「オトナ」(=周りからのいろんなしがらみを抱える存在)は認めたくないってことなのでしょうか。
「いつまでも少年でいたい(=大人にはならない)」という意味で「少年突破」だったのかなあ。

何はともあれ、スタッフの方々、どうもありがとうございました。『ダン』も応援しております。
[PR]
by dozeutea | 2009-09-18 03:19 | アニメ